チャット
Let's TOKYO 経済と貧困の数理モデル
最近、幸せの定義を考える事が多い。
幸せの定義は人によって様々だけど、明らかに人間の幸福の
基礎となる根源的な部分がある。それは、生命に危険が
及ばない事。つまり物理的な危険を確実に回避できる事、
また、食料を十分に調達できる事である。

貧困は害悪だ。貧困により命は蝕まれ、搾取は横行し、
教育の機会を逃す。心も荒む。そして資本主義社会の中では
未来の為に投資する事、その為に内部保留する事ができないのだ



少し話は変わるが、広がり続ける経済は止まらない。
グローバリゼーションも止まらない。現在のような社会においては、
先進国社会で個人として必要なことは付加価値をつけるしかない。
単純労働は、雇用賃金の安い国に流れる(いつかは平衡するわけだが)。
先進諸国では、つまるところ簡単にはアウトソースできない
新しい価値を生み出し続けるしかない。それには十分な教育が必要。
教育には、基本的な人間らしい生活と、十分な資本が必要。
一方で、発展途上国では、いかにアウトソースされ続ける環境から
ぬけだすかを考えなければいけないが、第三世界には上記の重要な
ファクターが存在しにくい環境にある。

先進諸国が新しい付加価値を見出している間に、第三世界では
生命の確保をしなければいけない。つまり、経済的、教育的な
余裕がなく、これではいつまでたっても格差は埋まらない。


現在の経済 f(time_x) を定義するとすれば、 ブラックボックス化すれば簡単で

f(time_x) = f(time_x - 1) x a + b

で一般化できる。 a と b が非常に複雑になるわけだが、要するに
昨年までの経済がフィードバックしてくるだけである。という事で
そもそも 出力 f(time) がマイナスの国では、国民は困窮し続けるし、
現在の経済規模が小さい国では、(幸せの形に多くの定義があろうとも)
基本的な幸せを形づくる為に必須となるレベルの criteria に達するまでに
膨大な時間がかかる事になる。つまり、ある国で 20 年かかる GDP 的な
観点での経済規模を、別の国では 1 年で達成する事になる。

グローバリゼーションの中で、偶然に恵まれた、またその中で努力した
人たち - たとえば一部のインド人など - は、英語による素養という
バックグラウンドを生かし、また、野心という火を燃やし、IT という
グローバリゼーションの活用により、この抜け出しがたい過去の経済の
フィードバックにすぎない経済モデルを、ミクロな観点では一足飛びに
脱却に成功している個も存在する。とはいえ、インド全体でみれば、
あるいは、英語といった偶然による飛び道具をももたないような
第三世界の別の国では、依然としてそこから脱却する事はまだ難しい。

ここで、a と b をどうハンドルするか、を国内でチューニングできる
方法の一つが政治である。どっちに主に分類されるかと考えれば
a が適切だろう。a 側には他に、為替・国際協力による技術支援・
風習・宗教・人口・国民の平均幸福度、b には、例えば、天災・
海外からの物資・食料の支援・地下資源の発見とうが適切だろう。
こういった無数のファクターが、経済のモデルとなると考える。
また、貧困については、このモデルの f(time_x) がある criteria
以下であれば貧困だと考える定義することが可能だと考える
(一方でどこからが絶対的な幸せかは、数理モデルでは判断できないだろう)。

a と b は複雑系であり、システム全体は過去からのフィードバック回路なので
これをロバスト(安定的)に構築したりチューニングするのは、ある意味
エンジニアリングだ。そいういう意味で、科学者や工学者が寄与できる
部分もあるのではないか。たとえば、このようなモデルにおいて、
果たして、政治的な要因が、抵抗(R)のような動きをするのか、コイル(L)のような
動作をするのか、あるいはコンデンサ(C)のような働きをするのかを考える事は
非常に興味深い。

問題のある国家は多いが、いったい、どのファクターが大きく逸脱しているかを判別し
またシステム全体を + 成長させる為には何をどうチューニングすればよいのかを
美しく数式で記述する事はできないものか。さらには、例えば、複雑系である
政治的要因を、うまく方向付けする事はできないものか。

もちろん人間やその思考はモデル化は不可能だが、人間が人間らしく
あるはずのものというものは定性的なものなので、その程度の問題であれば
ある程度数式化できるのでは???


と、なんとなくおもう。グローバリゼーションは止まらないので格差は甘んじるしかない。
しかしながら、チャンスはもう少し平等にあるべきだよなーとおもう。すくなくとも、
下らない政治的要因により、搾取され意義なく戦わされ、ゴミのように人が
死んでいくような国には、b ではなく a に強く作用するような国際圧力が必要であり
どのような式に書き換えるかを考える人が必要なのだ。

今は個々が個別の目的で動きすぎていて、全体的にどんな方向性になるのかを
考える人はいない。とたえば、JICA やいろいろな NPO/NGO が国際協力をするが
ある一部だけ最適化しようとしていて、結局は 係数 a がマイナスの国では
何をやっても無駄という事がおこりうるのだ。
2009.07.04 Sat l 日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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